Lesson 8

中村さん


中村さんのあだ名は「人糞製造機」である。誰か付けたかは分からない。 しかし、誰もが「なるほど」とうなずくのだから、中村さんにはよく 合ったあだ名なのだろう。一体、なぜこんなかわいそうなことになった のか、中村さんの生活ぶりを見直してみよう。

中村さんは、ある会社の社員で、この会社に入ったのは、数年前の好景気 の頃だった。入社して以来、決して会社を休んだ事がない。休んだ事が ないどころか、遅刻した事さえないのだから、みんなが感心したとしても 当然だろうに (1) 、誰も感心しようとはしない。むしろ軽蔑しているのだ。 というのも、中村さんは遅刻もしないかわりに、仕事もあまりしないからだ。 もちろん、朝から晩までただ黙って机の前に座っているわけでっっわない。 一日中、ちゃんと与えられた仕事をすることはするのだが、自分から積極的に 何かををしようという意欲が全然ないのである。それで、他の社員は中村さん に重要な仕事は頼まない事にしてしまっている。だから中村さんの仕事は、 いつもきれいに片付いてしまい、獅子奮迅の努力をした、などということは たった一度の例外除いてはなかった。その一度というのは、入社して 一年ほどたったある日のこと、課長から非常に大きな商談まとめる仕事を 言い付かった時のことである。中村さんはその時実に明瞭に「申し訳ござい ませんが、私には、そんな大きな仕事はとても出来ませんので御辞退させて いただきます」と言って、さっさと自分の席へ帰って来てしまい、上着を 着るなり、大急ぎで食堂へ行ってしまったというのである。中村さんが、 このなんとも不名誉なあだ名をちょうだいしたのは、この頃だといううわさ である。もしかすると (2) 、その課長の命名かもしれない。

ところが、最近、不景気になって異変が起こってきた。経営者たちが、 終身雇用制度年功序列制度というものに疑問を持ち始めたのである。 中村さんの生活も平和ではなくなり始めた。この頃、少々便秘ぎみである。 「一体、今までのやり方のどこに悪い点があったのだろう。二、三年前、 日本が好景気で、経済成長率が高く、世界が驚いていた頃のある新聞には、 「アメリカの経営者が日本の雇用制度には見習うべき事が多くあると言った」 と報じてあったではないか」中村さんには、これが大きな疑問となっている。

私には、中村さんがかわいそうに思えてならない (3)首になる前に、ノイローゼ になってしまうのではあるまいか。私が「雇用制度と精神病患者の数との 相関関係」という問題を研究のテーマにしたのにはこんな理由があったのである。 平凡な人々が、平和に暮らしていけるということは、一つの社会にとって 非常に大切な事だと私は思うのだが。



会話文I


A:  中村さん。

B:  ええ。

A:  ちょっと手伝ってくれない。

B:  うん、いまちょっと忙しいんだよ。後でいいだろう。

A:  後って。

B:  三十分ぐらいしたら手伝うよ。いま、この書類見てるとこなんだよ。

A:  じゃいいわ。他の人に頼むから。


会話文II


A:  中村君、ちょっと。

B:  はい、何か御用ですか

A:  すまないけど、この仕事を引き受けてくれないか。

B:  どんな事でしょうか。ちょっと拝見いたします......。何日までに 済ませればよろしゅうございますか。

A:  そうだね。十日までに出来ないかね。

B:  すみませんが、今、部長から大きな仕事を言い付かっていて、それを 十日までにしてしまわなければなりませんので。

A:  そう。じゃ誰かに頼むから。どうも御苦労

B:  いいえ、お役に立ちませんで (4) 、どうも。失礼いたします。


会話文III


A:  今晩面白い講演会があるんだけど、いっしょに行きませんか。

B:  何時からですか。

A:  七時です。

B:  七時ですか。残念ですね。

A:  お仕事ですか。

B:  ええ、残業があるんですよ。

A:  そうですか。残念ですね。じゃまたにしましょう。


    = 留 意 語 句 =


      獅子奮迅の努力をする
      商談をまとめる
      仕事をいいつける
      仕事をいいつかる
      仕事を片付ける
      仕事が片付いている
      かわいそうに思う
      首になる
      ノイローゼになる
      平和に暮らす
      仕事を引き受ける