高橋夫人 | 「よっちゃん。」 |
よし子 | 「ハーイ。」 |
高橋夫人 | 「よっちゃん、ちょっとこっちへ来てちょうだい。」 |
よし子 | 「はい、奥様、何か … … 。」 |
高橋夫人 | 「食器棚の戸が開けっぱなしよ。はえが入るから忘れないで
閉めといてね。」 |
よし子 | 「はあ、閉めたはずなんですけど、やっぱりちょっと開いて
ますねえ、どうもすみません。」 |
高橋夫人 | 「あんまり力を入れて強く閉めると、かえって開いてしまう
のよ。そっと閉めてね。よっちゃんは若くて力があるから
仕方がないけど。」 |
よし子 | 「いえ、気をつけます。」 |
高橋夫人 | 「それから、朝御飯のバターが出しっぱなしよ。冷蔵庫に
入れといてね。」 |
よし子 | 「はい。」 |
高橋夫人 | 「これから、お掃除するの。」 |
よし子 | 「はあ、あの、坊っちゃまのお部屋もお掃除しておきま
しょうか。」 |
高橋夫人 | 「ええ、だけど机の上は片付けないでね。机の上の整頓は
自分でやることになってるんだから、一切手伝わないで
ね。」 |
よし子 | 「はい、ですけど、いろんな物がまるで山になってますよ。
あれじゃ朝カバンに入れる物を捜すのが大変でございま
すよ。」 |
高橋夫人 | 「そうよ。今朝も野球のボールがないって大騒ぎ。」 |
よし子 | 「学校に遅れたりなさらないんですかねえ。」 |
高橋夫人 | 「それはなんとか間に合うらしいけど。全くあきれる。あら、
あなた、もうお出かけ … … 。」 |
高橋氏 | 「うん、今日は少し早目に行こうと思ってね。修はもう
出かけたかい。」 |
高橋夫人 | 「ええ。あれがない、これがないって、あっちこっち
ひっくり返して大騒ぎして出かけましたわ。」 |
高橋氏 | 「しょうがない子だねえ、もう小学校四年になるのに。女
の子があれじゃ困るが、ま、男の子だから、いいだろ。」 |
高橋夫人 | 「それがいけないんですよ。そういう風に諦めてらっしゃる
から。お父様がやりっぱなしのお手本をお見せになるから、
あの子が真似をして、それに、よっちゃんまで。」 |
よし子 | 「いえ、そんな。わたしは真似をするつもりなんかちっとも
ないんでございますのに。」 |
高橋夫人 | 「冗談よ、よっちゃん、忙しいからつい忘れるのよ、ね。さ、
カバンをお渡ししてちょうだい。」 |
よし子 | 「はい。」 |
高橋氏 | 「ああ、ありがとう。じゃ行ってくるよ。」 |
高橋夫人 | 「いってらっしゃいませ。」 |
よし子 | 「いっていらっしゃいませ。」 |