Lesson 10

身上相談


身上相談というものがこの頃大分はやっているらしい。 ある女流作家が、自ら新聞の相談解答筆を 執りながら身上相談なんか他人に持ち込む人間のが 知れない (1) という事を書いていた。人間は本来孤独な もので、自分の事は自分で始末するより仕方がない。 自分の代わりに人にうどんを食べてもらったり、 代わりに薬を飲んでもらったりするわけにいかない 以上、自分の問題も人に解決してもらえっこない、 というのである。

だからといって身上相談を人に持ち込むのをやめろ と言うのではなく、そこから解決のいとぐちを自分で 引き出せと言うのであって、彼女自身は決して相談欄 の執筆をやめる気はないらしい。

人の不幸を見て自分の幸福を確認するという心理は、 「かったいのかさうらみ」の無残暴露されて いるように、救い難い人間の弱点であろう。身上相談 が本当に人の窮境を救うためのものであるなら、その 人に直接返事を出せば、それで済むわけである。それを 紙上公表する事によって、その当人に限らず類似した 問題に悩む読者への参考にするというのは、一応理屈で はあるし、それはそれとしての意義がある事は言うまで もないが、記事としての実際の意図は、読み物として、 娯楽としての存在価値にあることは否定出来ない。毎朝 朝刊を広げて、インテリらしく、まず第一面目を通す ようなふりをしながら、ひそかに第八面の身上相談を 見るのを楽しみにしているのは私だけであろうか。 美容体操なく六十四キロを越した肥満体についての 悩みを発見しては、五十八キロの自らを大いに慰め浮気に苦しむ訴えを読んでは、パチンコばかりしている亭主を許す気になる (2) 奥さんが、実は 意外に多いのではなかろうか。あるいは自分の苦難ソクラテスほどひどくはないのだと、わずかに我が身励ます恐妻亭主いくらかいるのではなかろうか。もし そうでないとしたら、日本人の品性の高さを喜ぶべきで あろうが、同時に、新聞社の企業としての意図が不成功 に終わる事を憂えなければなるない。



会話文I


A:  先生、きょうは息子の保夫の事で 御相談にのっていただきたいと思ってまいりましたの ですが … … 。

B:  何か保夫君がお母さんを困らせる ような事でも … … 。

A:  はあ、保夫のほうは親を安心させよう と思ってあんな事を言い出したんだろうと思うのですけれど。

B:  いったいどんなことを … … 。

A:  保夫は来年高校受験するものと思って おりましたのですが、先日、突然就職したいと言い出したもの ですから。

B:  そりゃお母さんとしては驚かれたこと でしょう。まだ保夫君は中学生だし、御兄弟は皆さん大学を 卒業していらっしゃるのですから。

A:  そうなんです。あの子は他の子に比べて 決して頭が悪いとは思いませんのに、もう学校には行きたくない などと申すのです。

B:  一体どうして保夫君は学校へ行きたくない などと考えるようになったのでしょうか。

A:  自分が働いて親を安心させようと考えている らしいんです。親としては、中学を出てすぐ働いてもらわなくても 高校まではやってやれると思うのです。先生どうお考えになりますか。

B:  実は私の友達の息子さんにちょうど保夫君 のような子がいましてね。働いてみたいと言うんですよ。ところが 親は息子の言うことを聞かないで無理に高校へ行かせたんです。

A:  それでそのお子さんはどうなさいましたか。

B:  その子は高校で勉強に興味が持てなくなって 不良仲間に入ってしまいました。

A:  ご両親は息子さんのためにいいと思って、 高校へおやりになったんでございましょうが、結局逆になった わけですね。

B:  ええ、ですから私としては、保夫君の 希望通り一度就職をさせておあげになったらいいと思うのです。 そうすれば高校に行っておく事がどんなに大切か自分で分かる と思うのです。

A:  そうですね。先生のお話を何って少し 気持が落ち着きました。保夫にもう一度話してみて、それでも 聞かなかったらあの子の考え通りにやらせます。今日は本当に 有難うございました。

B:  いいえ、また何かありましたら、ご遠慮 なくお出で下さい。


    = 留 意 語 句 =


      の気が知れない。
      相談を人に持ち込む。
      いとぐちを引き出す。
      人の窮境を救う。
      問題に悩む。
      目を通す。
      …ようなふりをする。
      … を楽しみにする。
      無理に … させる。
      仲間に入る。
      気持が落ち着く。
      孤独に悩む。
      気の毒。
      気がない。