朝の仕事が始まる前のひととき
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吉田 | 「何を読んでいらっしゃるんですか。面白そうに。」 |
大久保 | 「身上相談の欄ですよ。ほら。」 |
吉田 | 「どれどれ――孤独に悩む大学生――って題ですね。なるほど、
この大学生は田舎から出て来て東京の大学に入ったが、
友達が出来ないというんですね。」 |
大久保 | 「東京の人はみんな忙しすぎるし、不親切だ。方言が恥ずかしい
ので、女性の友達も出来ない。趣味や娯楽のための金もない
し、寂しくてたまらないと言うんです。」 |
吉田 | 「解答にはなんて書いてありますの。」 |
大久保 | 「人間というのは本来孤独なものだ。生まれる時も死ぬ時も
一人、自分の代わりに人にうどんを食べてもらったり、
薬を飲んでもらったりするわけにはいかない。孤独という
ものを勉強するために東京へ出て来たと思いなさい、と
言うんです。」 |
吉田 | 「なかなか厳しいんですのね。」 |
大久保 | 「吉田さんだったらどおう答えますか。」 |
吉田 | 「そうですね。スポーツをしなさいとか、方言なんか忘れて、
積極的に友達をつくるように努力しなさいとか … … 。
大久保さんだったら … … 。」 |
大久保 | 「僕は友達をする前によくその人に聞かなければならない
と思うんですよ。一口に孤独というけど、それは友達が
できれば忘れられるものか、友達ができても忘れられない
性質の寂しさなのか。この新聞の解答は後の方の孤独
ですね。」 |
吉田 | 「なるほどね。で、その解答者は何ていう人ですの。」 |
大久保 | 「山本夏子っていう、ほら、この前『夫の浮気、妻の浮気』
という小説を書いた女流作家ですよ。小説はうまくない
けど、身上相談の解答は面白いんです、僕はこの人の
解答を見るのを楽しみにしているんです。」 |
吉田 | 「そうですか。でも、身上相談を新聞に載せるなんていや
ですね。本当に困っている人を救うためなら、その人に
直接返事を出せば済むんじゃありませんか。個人の悩み
を紙上に暴露するなんて … … 。」 |
大久保 | 「それは、その当人には気の毒かもしれませんが、類似
した問題に悩んでいる読者には参考になるでしょうし、
そうでない人には読み物になりますよ。」 |
吉田 | 「そうでしょうか。とにかく、私は新聞になんか身上相談
を持ち込みたくありませんわ。」 |
大久保 | 「じゃ、僕にどうぞ。」 |
吉田 | 「はい、ありがとうございます。いずれ、その時には
よろしくお願いします。」 |